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2013年6月27日 (木)

ジュビロのある風景 Scene15より

ジュビロ磐田サポーターズマガジン VOL.106

「ジュビロのある風景」Scene15(文=時見宗和)より抜粋

 

 

1999年5月5日、国立競技場。第1ステージの優勝のかかったジュビロ磐田対鹿島アントラーズの一戦。公式入場者数、5万1575人。

0-1。アントアーズのリードで迎えた後半64分。反則で得たフリーキックを、名波が同点のゴール。

延長後半6分、中山がヘッドで落としたボールを藤田がVゴール。ピッチに大の字になったまま動かない藤田に中山が飛びつき、65分に福西に代わった川口がつづいた。

「(大の字になっていたのは)嬉しいのもあったんだろうけど、やっぱりすごく疲れていたんだと思います」

ジュビロ磐田はアジアクラブ選手権(現ACL)から帰国したばかりだった。

この選手権が”アジア最強クラブ決定戦”と注目されるのは後のことで、このころは、日本サッカー協会においてさえ、ほとんど関心をもたれていなかった。日程に対する配慮はないに等しく、当然チャーター機が用意されるわけなく、対戦相手についての情報もなかった。

4月24日、清水エスパルス戦に5-1で勝利。

4月25日、出国。フランクフルトを経由し、26日に標高1300メートルの地、テヘラン(イラン)に到着。

4月28日、アルアイン(UAE)と準決勝。2-2。PK戦を制して決勝進出。

4月30日、エステグラル(イラン)との決勝。機関銃を持った兵士に守られながらアザジスタジアムに入ると、そこは12万人の人で埋め尽くされていた。女人禁制につき、すべて男性。日本人は約100名。

爆竹、発煙筒、青いペンキで塗られ、縛り上げられた鳩、石、コインが降り注ぐ中、ジュビロが2-1で勝利

すぐに荷物をまとめ、テヘランからフランクフルトに飛び、2時間待って日本へ。

成田からバスに乗り、磐田に帰り着いたのは丸1日後の5月3日

5月4日。午前中は磐田の大久保グラウンドで練習し、午後、東京へ。ホテルに1泊し、5月5日、鹿島アントラーズ戦。

「疲れきっていたけど、だれもそれを口にしなかった。アントラーズに勝たなければ、アジアクラブ選手権の勝ちも意味がなくなる。逆境を笑おう。すべてを受け止めて勝とう。それがすべての前提でした」

「カッコ内」は、川口信男さんのコメント。

 

そう、いまと同じ。

逆境を笑おう。すべてを受け止めて勝とう。

2013年リーグ戦再開まで、あと9日。

 

 

そして、「ジュビロのある風景」のつづき。

1999年5月5日。10日間3万キロの旅を勝利で終えると、名波、福西、服部、川口は急いでシャワーを浴び、身支度を調えた(原文ママ)。

国立代々木競技場第1体育館で行われるミスター・チルドレンのコンサートに行くためだった。

 

 

14年後に知った、衝撃の事実でした (´∀`) (´∀`) (´∀`)

 

 

 

 

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